お正月といえば、こたつを囲んでのかるた取り、すごろくの盤に一喜一憂した時間、女の子たちがお手玉やあやとりに夢中になった昼下がり。畳の上で家族が肩を寄せ合い、笑い声が絶えなかったあの光景を、今でも鮮やかに思い出す方は多いはずです。
今の子どもたちの遊びは、ゲーム機やスマートフォンの画面が中心になりました。昔と今では遊びの道具も、遊ぶ場所も、ずいぶん変わったものです。ここでは、なつかしい室内遊びが今の遊びへとどう移り変わってきたのかを、当時の情景とともにゆっくり振り返ってみましょう。
お正月の遊び かるたとすごろく
元日の朝、年賀状を読み終えると、こたつの上には百人一首やいろはかるたが広げられました。読み手の一節が始まると、子どもも大人も畳に身を乗り出し、札を取り合ったものです。双六(すごろく)では、振り出しから上がりまで、さいころの目に歓声を上げたり、ため息をついたり。福笑いでできた珍妙な顔に、みんなで腹を抱えて笑いました。
今の子どもたちは、お正月でもゲーム機のソフトやスマホのアプリで遊ぶことが増えました。同じ「勝負を楽しむ」でも、札や盤を手に取る遊びから、画面の中で完結する遊びへと姿を変えています。
手を使う遊び お手玉とあやとり
女の子たちは、小豆やお米を詰めた布のお手玉を、二つ三つと空中で回しながら「あんたがたどこさ」の歌に合わせて遊びました。一本の毛糸があれば、あやとりで「橋」や「ほうき」、二人で取り合う「川」まで、次々と形が生まれます。おはじきやめんこ、ビー玉に夢中になった方もいるでしょう。
今はタッチ画面を指で操作する遊びが主流です。布や毛糸といった手ざわりのある道具から、つるりとした画面へ。指先の使い方そのものが、ずいぶん変わりました。
遊ぶ場所 畳の上と一人の画面
ちゃぶ台やこたつを囲めば、そこが遊び場でした。かるたも双六も、誰かと向かい合わなければ始まりません。兄弟げんかも仲直りも、みんな同じ畳の上での出来事でした。近所の子が集まれば、狭い座敷がにぎやかな遊び場に早変わりしたものです。
今はゲーム機やスマホがあれば、自分の部屋で一人でも遊べますし、通信でつながれば遠く離れた友達とも一緒に遊べます。顔を突き合わせなくても遊べる便利さがある一方で、同じ畳に集まったあのにぎわいは、また別の味わいがありました。
遊びの道具 身近な札や布と電子機器
かるたの札は厚紙、双六は畳んで仕舞える紙の盤、お手玉は端切れと小豆で母や祖母が縫ってくれたもの。どれも家にあるものや手作りで用意できる、素朴な道具ばかりでした。壊れれば繕い、なくせば作り直す。道具そのものに手のぬくもりが宿っていました。
今の遊びの中心は、ゲーム機やスマートフォンといった電子機器です。多彩な遊びが一台に詰まった便利さは大きな魅力ですが、母が縫ってくれたお手玉のような、道具にまつわる思い出はまた格別のものでした。
遊びの相手 読み手と取り手、音声と画面
かるたには必ず読み手がいました。父や年長の子が札を読み上げ、他のみんなが耳を澄ませて待つ。「はい!」と札を取った瞬間の得意げな顔。双六でも「六が出た!」「一つ戻り!」と、掛け声とやり取りが遊びを盛り上げました。人の声があってこそ、遊びが動いていたのです。
今はアプリが問題を読み上げ、画面が対戦相手になってくれます。一人でも遊びが成立する手軽さがある一方で、人と人とが声を掛け合う、あのやり取りの温かさは、昔ならではのものでした。
季節との結びつき 年中行事といつでも
かるたや双六、羽根つきや凧あげは、お正月ならではの遊びでした。七夕や十五夜、節分といった行事のたびに、その季節にふさわしい遊びがあったものです。「この遊びをすると、ああお正月だな」と、遊びが暦を教えてくれました。だからこそ、待ち遠しさもひとしおでした。
今のゲームやアプリは、季節を問わず一年中いつでも同じように楽しめます。いつでも遊べる便利さがある反面、お正月に家族で広げるかるたのような、その時期だけの特別な楽しみもまた、心に残るものでした。
かるた、すごろく、お手玉、あやとり。畳の上で家族が顔を寄せ合ったあの時間は、道具や場所が変わった今でも、あたたかい記憶として残っています。
ご家族が集まったときには、「昔はどんな遊びが得意だった?」「あの歌、どうやって歌ったかしら」と、当時の遊びを話題にしてみてはいかがでしょうか。手を動かしながらの昔話は、世代をこえたにぎやかなひとときになるはずです。