冬の寒い朝、起きてすぐ火鉢のそばに手をかざした。そんな記憶をお持ちの方も多いはずです。炭の赤い色がじんわりと部屋の片すみをあたため、やかんからは白い湯気がのぼる。家じゅうがぽかぽかというわけにはいきませんでしたが、火のまわりに集まる時間には今とはまた違った温かさがありました。
あの頃の暖房は、ただ部屋をあたためる道具ではなく、家族が肩を寄せ合う場所そのものでした。今はスイッチひとつで部屋全体が均一にあたたまります。便利になったぶん、火を囲んで過ごした冬の情景は、なつかしい思い出になりました。火鉢やこたつ、湯たんぽの「昔」と「今」を、ご家族で並べてふりかえってみませんか。
暖房の中心=火鉢と十能から、スイッチひとつへ
昔は火鉢に炭をおこすことから一日が始まり、今はエアコン暖房や電気こたつのスイッチを押すだけであたたまります。これがいちばん大きな変わりようかもしれません。
火鉢には陶器のものや、けやきの胴に銅の落としを入れた立派なものもありました。朝はまず炭をおこし、十能(じゅうのう)という小さなシャベルで火種を運び、火箸(ひばし)で炭の位置を整える。灰がきれいにならされた火鉢は、それだけで家の顔のようでした。火の加減を見ながら炭を足す。その一つひとつが冬の暮らしの当たり前の手順だったのです。
今は壁のリモコンに触れれば、数分で部屋があたたかくなります。炭をおこす手間も、灰を整える時間もいりません。便利になったぶん、火鉢の前にしゃがんで火と向き合った、あの静かなひとときは遠くなりました。
燃料と湯たんぽ=練炭・豆炭から、電気毛布へ
練炭は穴のあいた円柱の炭で、火持ちがよく、こたつや火鉢の燃料に重宝されました。豆炭はあんかに入れて、布団の足元へ。金属やトタンの湯たんぽにお湯を注ぎ、栓をしてタオルや古い手ぬぐいで巻く。布団に入れると、つま先からじんわりとあたたかさが広がっていきました。朝になると湯たんぽのお湯は顔を洗うのに使うなど、最後まで無駄にしない知恵もありました。
今はスイッチを入れれば布団がすぐあたたまり、温度の調節も思いのままです。湯を沸かして注ぐひと手間はなくなりましたが、湯たんぽを抱えて寝床へ向かった冬の夜は、今も心のどこかに残っています。
こたつの形=やぐらこたつ・掘りごたつから、床暖房へ
やぐらこたつは、木の枠の中に炭火や豆炭のあんかを置き、その上にやぐらを組んで布団をかけたもの。掘りごたつは床を切り下げて足をおろせるようにしたつくりで、年配の方も楽に座れました。一つのこたつにみんなが足を入れ、みかんを食べながらテレビを見る。あの距離の近さが、こたつのいちばんの良さでした。布団の中で誰かの足に当たって笑い合う、そんな冬の団らんがありました。
今は電気こたつで火の心配がなくなり、床暖房なら部屋に入った瞬間から足元があたたかい家もあります。こたつの中身は火から電気へと変わりましたが、家族が一つのこたつに集まる形は、今も冬の風景として受け継がれています。
やかんの居場所=ストーブの上から、加湿器とポットへ
石油ストーブの天板でしゅんしゅんと音を立てるやかんは、冬の台所の定番でした。沸いたお湯はお茶に使い、立ちのぼる湯気が乾いた部屋の空気をしっとりさせる。ストーブの上で焼いたお餅やあぶったするめのにおいまで、冬の記憶として残っている方も多いはずです。一台のストーブが、暖房にも、湯わかしにも、ちょっとした調理にもなっていました。
今は加湿器が湿り気を、電気ポットがお湯を、それぞれ専門に受け持ちます。役割が分かれて手軽になりましたが、やかんの湯気がのぼるストーブのまわりに自然と人が集まった、あののどかな景色はなつかしいものです。
寒さとしもやけ=すきま風の家から、気密のよい部屋へ
木の建具や薄いガラス窓の家では、暖房をたいても部屋の隅は冷えたままで、廊下やお手洗いはひときわ寒いものでした。手のひらや耳、足の指が冷えて赤くなり、しもやけがかゆくなる。冬の朝にはよくある光景でした。だからこそ家族は一つの部屋に集まり、火鉢やこたつのまわりで身を寄せ合って過ごしたのです。
今は窓も壁も冷気を通しにくくなり、部屋のどこにいてもあたたかさが行きわたります。冷えに悩むことは少なくなりましたが、寒さをしのぐ工夫を家じゅうでしていたあの頃の話は、お子さんやお孫さんには驚きをもって聞こえるでしょう。
火の番=炭を絶やさぬ世話から、タイマー任せへ
炭火は放っておけば消えてしまうため、誰かが火の番をするのが冬のならいでした。炭が小さくなれば足し、火が強すぎれば灰をかぶせて加減する。出かけるときには火の始末をきちんと確かめ、寝る前には火鉢やこたつの炭をどうするか家族で気を配りました。火を扱う暮らしには、それだけの心配りがついて回ったのです。
今は設定した温度になれば自動でゆるみ、タイマーを使えば決まった時刻に切れます。火の番をする人はいらなくなりました。手間が減ったぶん、火を見守りながら過ごした冬の時間も、思い出の中だけのものになりました。
空気と手間=炭火の換気から、スイッチ操作へ
炭や練炭を燃やす部屋では、空気がこもらないように時おり障子や窓を少し開けるのが習わしでした。冷たい外気がさっと入ってくると一瞬ひやりとしますが、新しい空気が入ると部屋の感じがすっきりと変わります。寒さと引きかえに空気を入れ替えるそのひと手間も、火を使う冬の暮らしの一部でした。
今の暖房は窓を開けてまわる必要が少なく、スイッチを入れたら座っていられます。手間がかからなくなったぶん、寒風を覚悟で窓を開けた冬のひとこまは、今ではすっかりめずらしい話になりました。
火をおこし、灰を整え、湯たんぽを抱えて眠った冬。手間はかかりましたが、暖房のまわりにはいつも家族の姿がありました。今のスイッチひとつの暮らしと並べてみると、どちらにもその時代ならではの温かさがあることに気づきます。
「しもやけができてね」「ストーブでお餅を焼いたよ」。そんなひと言から思いがけず話がはずむこともあります。寒い季節には、こたつを囲みながら、昔の冬の話をお子さんやお孫さんと語り合ってみてください。しもやけやお餅ひとつで、思いがけず話がはずむはずです。