夕方になると、襖の向こうから「ごはんですよ」と呼ぶ声がして、家族が一つの部屋に集まってきました。畳の上に折りたたみのちゃぶ台を広げ、めいめいが座布団に腰を下ろす。その丸い台を囲んで食べた一日の終わりの食卓は、いまも多くの方の胸に温かく残っています。
いつの間にか、わが家の食卓はダイニングテーブルと椅子に変わり、食べる時間も家族でばらばらになりました。便利になった一方で、懐かしくなるあの団らんの風景を、ここで一緒に思い出してみませんか。お櫃やしゃもじ、蝿帳といった言葉に、当時の台所がよみがえってくるはずです。
食べる台=ちゃぶ台からダイニングテーブルへ
使わない時は脚をたたんで部屋の隅に立てかけておく。それが、折りたたみのちゃぶ台でした。お客さんが来た時や布団を敷く時にはさっと片づけられ、一つの部屋が食事の場にも寝る場にもなる。限られた間取りを上手に使う暮らしの知恵です。今はダイニングテーブルと椅子に腰かけて食べます。
台所と続いたダイニングに、食事専用のテーブルが据え置かれる今。脚をたたんで片づける手間はなくなり、食器も近くの棚にそろっています。畳に座って台を囲む光景は、いまでは温泉宿の宴会場あたりでしか見かけなくなりました。
座り方=床に車座か、めいめいの椅子か
狭い台のまわりに肩を寄せ合うように座ると、自然と隣の人と肘が触れ、誰かが醤油を取ってと言えばすぐ手が伸びました。父の席、母の席と座る場所がだいたい決まっていたお宅も多かったはずです。床に座って家族みんなで一つの台を囲んだ昔と、椅子に座って人数分の席にめいめいで着く今。
一人ひとりの椅子があり、それぞれの席で背筋を伸ばして食べる今。正座で足がしびれることもなく、立ったり座ったりも楽になりました。その分、肩がふれあうほどの近さは少し遠のいたのかもしれません。
ごはんの装い=お櫃としゃもじの記憶
木のお櫃に移したごはんは、ほどよく水気が取れてふっくらし、おかわりは自分でお櫃のふたを開けてよそうのが決まりでした。しゃもじでお櫃の底をかき集める音まで覚えている方もいるでしょう。炊きあがったごはんをお櫃に移してしゃもじでよそった昔と、炊飯器から直接よそうか電子レンジで温め直す今。
保温のきく炊飯器がそのまま食卓の脇にあり、お櫃の出番はめっきり減りました。冷えたごはんも電子レンジで温め直せば、いつでも炊きたてのような熱々がいただけます。便利になった代わりに、あの木の香りのするごはんは少し懐かしいものになりました。
おかずの出し方=大皿の取り分けか、一人分か
煮物や焼き魚が大きな皿でどんと出され、「もう一切れどうだ」と勧め合いながら、遠慮したり張り合ったりしたものです。最後の一つに誰も手をつけられず、残り福として皿にぽつんと残ることもありました。大皿に盛ったおかずを各自が箸で取り分けた昔から、ワンプレートやお総菜で一人分ずつ整える今へ。
あらかじめ一人分が皿に盛りつけられ、買ってきたお総菜をそのまま並べることも増えました。食べる量を自分で加減でき、取り分けの手間もありません。そのぶん、大皿を囲んで分け合う、あのにぎやかなやりとりは見かけにくくなっています。
食べ物の保護=蝿帳から冷蔵庫へ
網や薄い布でできた蝿帳は、傘のような形でちゃぶ台ごとすっぽり覆い、夏のあいだ食卓を守る心強い道具でした。少し持ち上げて中の煮物をつまみ食いし、母に見つかった思い出のある方もいるでしょう。作り置きのおかずに蝿帳をかぶせて虫やほこりを防いだ昔、今は冷蔵庫やラップで覆って保存します。
大きな冷蔵庫があたりまえになり、残ったおかずはラップをかけて冷やしておく今。食卓に蝿帳をかぶせる習慣はほとんど消え、その言葉を知らない世代も増えました。涼しく保てるようになった一方で、あの傘のような姿はすっかり見かけなくなりました。
食べる時間=そろっていただくか、思い思いか
「ごはんだよ」の声がかかると、遊んでいた子どもも仕事帰りの父も同じ台につき、全員がそろうまで箸を取らずに待つお宅もありました。一日のうちで家族が顔を合わせる、大切な区切りの時間です。決まった時間に家族そろって食べた昔と、それぞれの都合に合わせた時間に食べる今。
塾や残業、生活の時間帯の違いから、めいめいが空いた時に食べることが多くなりました。温め直せばいつでも食べられる手軽さが、その暮らし方を支えています。そろっていただきますを言う機会は、休日や特別な日のものになりつつあります。
食べながら=顔を見て話すか、画面を見るか
その日学校であったこと、近所の出来事、明日の予定。とりとめのない話が台の上を行き交い、笑い声がこぼれる。それが何よりのおかずでした。家族の顔を見ながら一日の出来事を話した昔から、テレビやスマートフォンを見ながら食べることも多くなった今へ。
食卓にテレビがつき、手元の画面に目をやりながら箸を進める場面も増えています。離れて暮らす家族とは、画面ごしに顔を見て話せるようにもなりました。道具は変わっても、食べながら誰かと心を通わせたい気持ちは、昔も今も変わりません。
ちゃぶ台の食卓は、ただ食べるだけの場所ではなく、家族が一日の終わりに顔を合わせるかけがえのないひとときでした。お櫃のごはん、大皿の取り合い、蝿帳の下のつまみ食い。どれも語り出せば次々と思い出があふれてくるはずです。ご家族やお仲間と、それぞれのわが家の食卓を語り合ってみてください。あなたのお宅では、誰がどの席に座っていましたか。